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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

冥想しても腹が立つ

質問

「まだ冥想指導を受けていないんですけど、テーラワーダの教えは、ホームページを通じて、ここ一、二年、勉強させてもらいました。それで、自分になりに冥想して、眼耳鼻舌身の感覚器官があって、そこでとらえたものに対して腹が立ったりします。それは冥想で直っていくものでしょうか。」

  

回答(スマナサーラ長老)

 

何かと何かがぶつかって、現象があらわれることは誰にもどうしようもできません。しかし問題は、それを見たり、聞いたりしたとき、「自分がいるんだ」と感じておかしくなっちゃうんですね。

 

だから観察して、自分という錯覚は何かと、犯人はこれかと、みなくてはいけない。「腹が立ってくるんだ」と仰ったでしょう。そこが問題です。すべて現象で、生まれては消えるもので、聴覚も消えていく自然現象で、自分にはどうすることもできない。ただ起きるだけ。なんで腹が立つのか? そこなんですね。トラブっているところは。自分という錯覚。変わらない何かがあって、主語があって、それを見て、聞いているんだと。

 

もし、変わらない主語だったら腹が立たないはずでしょう。変わらない自分がいるという錯覚があって、喜びを感じた、腹が立ったとする。それ自体で自分が変わったでしょう。だから、よくみると、自分という気持ちもあるんだというならば、素直にね、自分という実感もあるね、と。でもこれも、変わるんだね、と。美しい音を聞いていると、なんか楽しい自分がいて、音を聞いていると、イライラしている自分がいるんだ。楽しい自分とイライラしている自分は別なものだ。と、その程度で理解しても十分だと思います。

 

ちゃんとした訓練はどうしても必要ですよ。悪いシステムが出来上がっているんだからね。怒り・憎しみなど千五百個の感情が現れるシステムが、できているんだから、そのシステムを直さなくちゃいけないんですね。冥想実践というものは欠かせないものです。間違って起動するシステムを直さなくてはいけません。 

 

関西月例冥想会 2015.11.08

https://www.youtube.com/watch?v=qz90gPfk3hE(26:00~よりメモしました。)

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