ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論、実験結果

一切の問題の解決法-ブッダが説く諦めとは何か(11)

子供への執着-ブッダが説く諦めとは何か(10) から続きます)

経典がありますね、日日是好日(にちにちこれこうにち)と。

 

Atītaṃ nānvāgameyya, アティータン  ナーンワーガメッヤ

過去を追うなかれ

nappaṭikaṅkhe anāgataṃ, ナッパティカンケー アナーガタン

未来に期待するなかれ

Yadatītaṃ pahīnaṃ taṃ, ヤダティータン パヒーナン タン

過去は終わってしまった

appattañca anāgataṃ. アッパッタン チャ アナーガタン

将来は現れてない

 

「今、自分の周りにあることを、よく観察して調べて生きなさい。それが阿羅漢たちの生き方です。その人々は、誰にも負けませんよ。こころには何にも悩み苦しみがないんだ」と。

 

そこまでは皆様に無理かもしれませんけど、諦めるというのは、智慧の話なんですね。物事は変化するから、必然的に出てくる生き方なんです。暗い生き方ではないんです。これこそ、明るい生き方なんです。

 

どなたか「断捨離」と言う言葉を作って、特許まで取っているんですね。物事はちゃんと処分しましょうよ、とかね。そういうふうに乱暴に言っても、特許を取っている方々が、人生とは変化するものであるというところまではいっていないんです。家の中で品物が溜まるわ溜まるわ、感情で捨てられなくなるわ。それはおかしいんだから断捨離しましょうよ、というだけの話ですね。

 

それで、諦めないとどうなるのかと言うと、ストーカーの話でもお分かりになったと思います。若い男なら、若い女を見たらちょっと頭がおかしくなるというのは、ふつうの自然法則です。だからと言って、その二人がちゃんとうまくいくかどうか、それはわからない。そこでうまくいかないとわかったところで、諦めなくちゃいけない。諦めない場合は、ストーカーになるか、犯罪者になるかと、大変なことになります。

 

ストーカーや犯罪者にならなくても、諦めない人は精神的に病気になってしまいます。治らなくなります。他の女の人との話が来ても、興味がなくなっちゃうんです。結婚に興味がないんだったら話は違います。頭にその女の人のことが焼き付いてしまって治らないのは、病気です。

 

そういうことで、わたしたちは何で怒るのか、なんで嫉妬があるのか、汚い欲があるのか、なんでゴーマンを張っているのか、なんで自我があるのかと言うと、すべて病気なんです。物が変化するとわかっていないんです。

 

自我が存在しないのに、自我を張っているんですね。嫉妬・怒り・憎しみ。なんで落ち込むんですかね? 諦めないからでしょう? 明るく元気で頑張っても、もしうまくいかなかったら、派手に落ち込むでしょう。なんで人は借金して夜逃げまでするんですか? 現実を見ていないんですね。諦めることができなかったんです。

 

ある時期は、ちょこちょこっと金回りが良かったかもしれませんよ。でも物は変化するんですよ。そこで商売がちょっとうまくいかなくなって金が入らなくなった途端、借金する。過去の栄光をそのまま維持するぞ、と。よくやること、そんなことを。過去に高級レストランでご飯を食べたんだからと、今は倒産寸前なのに、同じレストランで食事をする。それで金がないから、借金する。

 

そういうことで、人類の一切の問題は、諦めるということによって解決します。こころが完全に清らかになります。想像できない明るさ、至福感がこころに入ってしまいます。というか、こころが至福に変わるんです。

カエルのお父さん-ブッダが説く諦めとは何か(12)に続きます)

 

関西定例冥想会 2012.07.15 ブッダが説く諦めとは何か

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/1766862.html より聞いて書きました。

 

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