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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

投げられた石に噛みつく - 病とこころ(1)

スマナサーラ長老 - 東京法話と実践会 2016.03.13

http://www.ustream.tv/recorded/84412689 を聴いて書きました>

 

わたしたちは何者か。

どのような人間になるのか。

将来はどうなるのか。

今どうなっているのか。

 

そういうふうに、一般的に、常識的に考える問題があります。それって難しいでしょうね、答えは。

しかし全然難しくないんです。自分の性格・生き方・幸福・自分の将来、すべて自分自身の思考が作るんです。

 

健康であろうが、病弱であろうが、すべてこころが作るんです。

物質的な、物理的な法則は二の次なんです。

 

車と同じですよ。いくら立派な車でも、運転手次第でしょ。それから、メカニック次第でしょ。その二人がダメだったら、この車は役に立たん、もう。ただのガラクタになっちゃうんですね。

 

肉体に対して現代的な思考は、勘違いですね。あまりにも、そこばっかし考えていてね。細胞はナンダラカンダラ、遺伝子はナンダラカンダラとかね。あれやこれやと、勘違いですよ。

 

ときどき動物をたとえに出して、品のない動物に石を投げたら、石に噛みつくんですね。

「このやろう」と。品格のある動物に石を投げたら、誰が投げたのかと見てから、その投げた主を攻撃するんだと。どちらが正しいんですか。

 

ですから、石が当たって痛い、それはわかりますよ。

しかし、「石が悪い」と言って石に噛みついても、その動物は正しく仕返ししたことになりませんね。また投げられる可能性があります。面白がられてね。石を投げたら石を噛む。また投げると、それを噛む。これは見ている人々は面白くてしょうがないんですね。

 

そこで、石を投げた人を見つけ出して攻撃したら、投げたほうは「やばい、こわい」と思って逃げるでしょう。

 

われわれ現代的な人間が、肉体ばっかり気にしていてね。

痩せるために、ちょっと鼻を長くするために、ナンダラカンダラと。性格は腐っていますけどね。たとえスマートに見えたとしても、臭いんですよ。

 

みんなよくわかっていないんだけど、皆様にも超能力があるんですよ。

なんとなくある人に惹かれる。ある人に微妙にちょっと惹かれる。形を見たら別に全然。惹かれる人はそんなにいい形ではないかも。またはもしかすると、少しプロポーションがいいかも。あれはこころなんですよ。

 

人に惹かれるというのは、肉体に惹かれるわけじゃないんです。

それは若い男たち、馬鹿者はそれに惹かれるかもしれませんだけど、すぐ飽きる、その場合は。カッコいい女だと思って行っちゃっても、二日三日で飽きちゃうんです。

 

しかし、相手の女性が性格的にすごく立派な女性だったら、もう逃げません、その人から。

だからわれわれは、こころに惹かれるんです

 

すでに皆様に、その一般的にちょっとわからない、すごい能力があるんです。

もうちょっと、訓練して育てればどうですか。

 

われわれは誰だって、性格に惹かれるんです。

だから、こころが大事になんですよ。肉体ではないんです。肉体のせいで苦しくなっちゃうし、いろいろなことがありますよ。だけど、肉体に噛みついたっても意味がないんです。

 

病気になる場合は肉体です。

これは気づくんです。そこで肉体に噛みつこうと思っているんです。意味がない。肉体が病気になるかなり前から、こころが病気だったんです。それが現れてくるんですね。

(次回 こころが全部やっている - 病とこころ(2)に続きます)

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目次1‐死・老い・病気/苦/不安感/無常・無我

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