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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

慈悲の冥想をやっても歯が立たないとき

質問

「人間関係でトラブったときに、怒りのこころが燃えたぎってしまって、胸に痛みを感じて、胸糞悪い状態になったときに、そういう時に慈悲の冥想をやっても歯が立たない。

そういう状況になったときにどうしようと、胸の痛みの感覚を実況していくと、比較的楽になることがあるんでしょうけど、そう言ったやり方はいかがでしょうか」

 

回答(スマナサーラ長老)

 

構いません。

失敗した時点で慈悲が実行されていないということになりますから、それからでは慈悲の冥想の効き目はとっくになくなっているんだから。

人を殺してから、「あ、かわいそう」と思ってもとっくに終わった行為になっているんです。

 

慈悲の実践はいつでも機能させなくちゃいけないですよ。

そうすると、まず失敗しないんです。

失敗したということは、慈悲の実践は中止していたということなんですね。

 

それで、人を殺しちゃったとわかったところで、それから慈悲の実践をしてもあまり意味がなくなっちゃうんですね。

ですから、今あなたが言ったようなやり方で、気持ちを観察してその気持ちが自然に消えていくまで待つしかないんです。

 

<東京法話と実践会 2016.03.13

http://www.ustream.tv/recorded/84412689

01:20:00~01:23:00

頃より書きました。>

 

f:id:thierrybuddhist:20150616174501j:plain

目次3‐ヴィッパッサナー冥想/慈悲の冥想

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