ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論、実験結果

遺伝子も「私」ではない - 十二因縁(4)

(前回

生きる目的は皆無 - 十二因縁(3)から続く)

 

科学が知っているのは遺伝子を持っている命だけでしょう。

なんで遺伝子が変化して進化するのかと言うところで、なんの目的もありません。ただそれなりの理由がいろいろあって、そうするしかないだけの話。

 

本は、すごくややこしく、明確に説明していますけど。

本を読んでも、中の理論は難しい。

(この本は、The Blind Watchmaker のこと。日本語翻訳本は↓) 

盲目の時計職人

盲目の時計職人

 

 

単純に言えることは単純に言いなさいよと言いたいんだけどね(笑)。

 

パターンがあるんですね。

キリスト教の方々は体を調べたとき、微妙に計画立てているように見えるんですね。

これは設計者がなければ成り立ちませんと言う理屈に対して、「それはものすごい勘違いだ。こんなのは全くいりません。なんの目的もないんだ。ただそうなるしかないんだ」

 

これはお釈迦様の因果法則とぴったり合う話ですけど、この方々はそこまで勉強していないんだからね。

 

科学者も、生きることに何の目的もありませんよと結論付ける。

Selfish Jean*1

という本もあるでしょう。あなたは生きたがっても意味がないんだと、ただあなたの遺伝子が続けたいだけだと。

遺伝子がどんなヒドイこともするんだよと。自分が続けるために、ということも言っていて、つまりわたしが言っていることは科学に逆らっているものではないんですね。

 

そこから因果法則に入ります。

ものすごく生きていきたい、死にたくないというものすごい衝動があるんです。

だったら、生きるとは何かと知ってほしいでしょう。普通そうでしょう。どうしてもこれやりたい、というときは「なんで?」と聞けば答えがあるんですね。

 

髪の毛を赤く染めたいとか、金色にしたいとか、親が止めてもやりたがるんですね。

 

それで聞いてみてください。「なんでそんなことをやりたいの?」と。

ちゃんと答えるんです。答えがあるんです、自分なりに。自分の仲間が髪の毛をいろんな色に染めているから、わたしだけこんな黒髪では仲間外れになります、とか。それはそれなりの答えですよ。

 

「ようわかりません」とは絶対ないんです。

よくわかりませんけど髪を染めたいんだ、ではないんです。

 

昔流行っていたね、男性でも耳に穴を開けてピアスつけたりするでしょう。

意味が解らないんだけどやります、ではないんですよ。そういう人々はちゃんと答える。

 

何かやりたいということはそういうことです。

 

しかし、それがないのはたった一個、「生きていきたい」ということ。

車を買いたいと言ったら、ちゃんと目的がハッキリしている。ドライブしたいとしたら、ちゃんと目的はハッキリしている。あいまい、中途半端じゃないんです。

 

買い物に行きたい。「何を買いたい?」「何も決めてないんだけど何か買っていきます」は、ありえないんですね。

「なんであんたこの品物を買ったの?」「ワゴンに置いてあったから」これはありえない。

 

われわれは生きること以外、生きることをサポートする目的でやっていることには、ほとんどこの目的でやっていますよ、というのがある。

 

では麻薬は?

「なんであんた麻薬をやっているの?」ちゃんと理由を言うんです。こういうわけで、と。

 

それよりも必死で生きていきたいんです。

麻薬やら服やらお化粧やらは、そんな大げさな問題じゃなくて、そこそこやっているつまらない問題以外何でもないんです。

(続きます

因果法則は多次元的 - 十二因縁(5)

 

スマナサーラ長老法話・関西月例冥想会 2013.12.15

https://www.youtube.com/watch?v=4vsnfGBmmrg を聞いて書きました。

 

参考過去記事:

何で遺伝子は分離するんですか?【脳と心の関係】中編 - ブッダ・ラボ - Buddha laboratory

わたしがドーキンスさんに出したい質問は、「なんで遺伝子が分離するんですか?」と。

遺伝子だけ続くぞと彼が言っているでしょ。ただの化学物質がなんでそんなにくだらんことをやっているんですかと。それに答えはないでしょう。

 

*1:Selfish Jeanの日本語直訳版は…… 

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>