<前回 悪循環のループ - 悲観的にみる癖をどうするか?(4)>
一つ例を出します。
万引きする人がいます。皆様はどうみる? ネガティブにみる? ポジティブにみる?
だいたいネガティブにみるでしょうね。
次にとるべき態度は? あなたの友達が万引きする。あなたはその友達に何という? やめなさいというでしょう。
それなんです。
これは正しいと思うでしょう?
成長していないというのはそういうことなんです。世直しに行くんです。
世直しに行ったんだけど、それでいいんですかとわからないでしょう?
どうみても万引きする友達に万引きをやめさせることはいいことでしょう? それじゃないんです、正しい答えは。
それを拡大してみてください。
世の中に悪いことがあるたびに世直しに行く。自分がポジティブでみている。迷惑じゃない? 社会に対して。そういう人々は、敵をつぶすために悪い人を壊す、破壊するために活動するのは。
いい世界を作りましょう、平和な社会を作りましょう、と破壊活動をするんです。
とうぜん、ネガティブにみる人も、破壊活動をするか自己破壊するかなんですね。
だからこの例でみてください。
皆様にとっては当たり前で常識なんです。
万引きする友達にやめなさいということは。
しかしわたしは、それは当たり前でもなく常識でもなくとても危険な態度だと言っているでしょう。
理解できないでしょう?
だから順番で修行をやってみましょう。
ではわたしの答えを出します。
わたしにとってはその人がやっていることを、悲観的にも肯定的にもみない。
わたしは、「この人が決めた生き方、性格が、『万引きするぞ』」と。
この人の脳の中で、ループができているんですね。だから仕方がなくやっているだけで、その人は悪人でも犯人でもないんです。ループができているんですよ。
店の中で盗れそうだとわかったら、盗っちゃうと。
店の中で品物がズラッと並んでいて、そんなに監視されているわけでもないし、だから、盗れるものはいくらでもあります。そこでそのひとの万引きするという脳のループがどんどん強化されるのであって、なくなることはないんですよ。
たとえばそのとき、しっかり監視カメラが付いていて、各棚のところで監視役がいるなら万引きしないでしょう? ループはありますよ、万引きしたいという。しかし、そのループに仕事ができないんです。
その人の脳の中で、盗れるものなら盗っちゃえという指令のループが入っているんです。
だからその人は悪いことをするんじゃなくて、被害者なんですよ。
だから「やめなさい」じゃないんです、答えは。でしょ?
その人の脳にある悪いループを壊すことに協力することなんです。
皆さんはできないでしょう? だから修行しましょう。それで人格を向上してみましょう。
わたしなら、こう聞くんです。
長老「なんで万引きするの? 楽しい?」
友だち(仮定)「楽しい」
長老「どれくらい?」
友だち「これくらい」
長老「捕まったら? どんな気持ち? 弁償して終わることもあるし、警察につかまって有罪になったらどうなりますか? 社会で、万引きする泥棒だと評判が広まったらどうする? 瞬間の刺激と比べて払う代償はどうですかね」
そういうふうに言って、判断はその人に観察させるんです。
わたしは子供には「やっていいよ」とハッキリ言うんです。「はい」とは言わないんだけど、子供だからね。
わたしは「どうぞ、どうぞ、好きなようにやってください。わたしは知ったことはないんだよ」と。
この子はわたしからアドバイスをしてください、と連れてこられた子供だったんですけど、わたしはそこ子に「自由にやってください」と。
わたしから自由が与えられた時点で、子供は「キツく」なるんです。
子供には、「なんて悪いことをするんだ、お前は」とかね。直ちにやめなさいとは一度も言わない。
だからほんの瞬間でこころが治る。すぐに新しい、正しい配線ができちゃうんです。
そういうわけで、問題は、皆さまが思うほど常識でできるわけじゃありません。
もう一応分かったと思います。
(続きます
《スマナサーラ長老 東京法話と実践会 2016.10.30
http://www.ustream.tv/recorded/92526227 (期間限定公開)を聞いて書きました。》
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