ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

相手の罪が悲しくて許せなくて

質問

「自分がすごく大事に思っている人が、他の命を奪うような取り返しのつかないようなことをしてしまったと知り、そのことが悲しく許せない気持ちになります。どうすればいいでしょうか?」

 

回答(スマナサーラ長老談)

 

まずは、自分にはほかの人を裁く権利はないんですね。

人が困っていればできる範囲で助けてあげるというのは立派なことです。

許す、許さないということではなくて、世の中にいろんなことが起こりますよ。人間の間違った判断で。

それに対して、自分が許すのか、許さないのか、ということは関係ないんですね。

 

人間として人を裁くというのは……。結局は、裁くという気持ちでいるのでしょう?

それは、悪行為をするよりもタチが悪いんですよ。

悪行為した人は「しなければよかった」と悩んでいるのかもしれませんね。一方で、こちらは態度がでかいんですね。

裁きたいという気持ち自体については、頑張って、冷静なこころで物事をみるようにしましょう。それで、悩んでいる人には、できる範囲で助けてあげる。助けることが全く不可能とわかったら、しょうがない、ということにする。

 

たとえば。命を奪った人であっても、おなかが空いたと言うならご飯をあげてください。

命を奪ったおまえにご飯なんかあげるものか、というとそれは悪いんですね。

 

自分の行為の結果は受けなくてはいけない。

法律ですから、しかたがないから報告しますよ、と。でも、あなたのことを嫌でも憎んでいるわけでもありませんと。

そういうふうな生き方は、正しい生き方じゃないでしょうか。

 

ポイントは、「裁く権利はありません」ということです。

でもわれわれは、すぐに人を判断して、やってしまいますね。

そういう欠点はみな持っていますよ。どんな人間もね。それを直すことが人格向上なんですね。

 

人を裁かない人間になる。そこを頑張る。

色々な人間が悩んでいますから、それをすべてあなたに助けられませんし、できる範囲で助けてあげたりはする。それだけです、答えは。

(終わり)

 

東京 法話と実践会 2017.04.23 よりメモしました。

期間限定公開動画  http://fb.me/VtsVf0I9

当日のTwitter http://twilog.org/jtba_talk/date-170423/asc

  

「他人を裁かない」というお話は、先日のウェーサーカ祭 でも「正見(しょうけん)」についての法話でありました。

そこで「正見」について書いてあるスマナサーラ長老の本はあるかな?と検索したところ、上の著作があがってきました。

 

正見は八正道(はっしょうどう)のうちの第一番目ですが、八正道そのものをテーマにした長老の著作は一般向けには今のところないのでしょうか。施本(せほん)では、「八正道大全(はっしょうどうたいぜん)」がありますが、何年も前のものなので手に入りにくいかもしれません。

同じタイトル「八正道大全」で法話DVDがありまして、そちらはまだ購入可能なようです。

 

こちらに法話DVD目録がリンクされています。

こころを育てる本屋さん: 法話DVD目録アーカイブ

 

目録のPDFが開けなかったり、「八正道大全」がうまく見つからないなど、困った点は上記ページにある問い合わせ先へメールできます。

 

ちなみに、最近わたしが見たDVDでは、目録の一番目の「心と病気の関係」が面白かったです。

 

追記(2017.05.14):

こちらの記事下部のコメント欄より、みー様から下記のツイートを教えていただきました。

twitter.com

 

 こちらの本もKindle Unlimitedに入っていますね。

アマゾンのカスタマーレビューに

”八正道も、この本の言い回しの方が、わかりやすいと思います。お勧めします。 ”

とのコメントが。