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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

判断・決断するときのポイント

質問「決断するとき、よく迷ってしまいます。決断した後も後悔したり、人の意見に左右されたり、自分の決断に自信が持てないのですが、どうすれば揺らがない心をもてますか?」

 

 回答(スマナサーラ長老)

揺らがない心に達するまでは、結構成長しなくちゃいけないんですよ。

これはもう、心を育てて、物事のありさまを理解できるところまで成長しないと。揺らがない心というのは、そんな簡単に手に入るものではないんです。

 

そこにいくまでには、誰だって悩みがあるんですよ。判断してもこれでよかったのか、とか。悩んだりもします。

 

それが普通と思えば楽でしょう。誰にでも、普通の人間には正しい判断できません、と。

判断したり決断しても、それが間違っていたとしても、人生ってそんなもんだとしておけば。それは誰の人生でもありますよ。後になってみたら間違いだと分かるんですから。

 

ですから、過去は取り戻せないんですね。間違った判断しても、それはそれでしょうがないんです。過去を取消し、やり直すというのはなかなかないんです。次の判断の参考にすればね。

 

わたしたちにできることは、過去のことに後悔しないことですね。

過去のことに、失敗した、悔しいと思うと、一生悔しい。だから過去に後悔してはいけないというのは、やっぱり人間が正しい判断ができないからなんですよ。正しい判断できないんだけど、本人が正しいと思って判断するんですよ。たまに当たったりします。正しい判断であったこともあります。でも正しくない場合が多いんです。それで過去のことで後悔する羽目になっちゃうと、きりがないんです。だから終わったことは終わったことにするしかないんです。

 

それで結構精神的に楽になるんです。

それが方法なんですよ。

 

揺らがない心を作るというのは、真理を発見することなんですね。これって、頑張んないとね。

ポイントは難しくないんです。すべては無常ですからね。

 

すべては無常で変化するんだと理解すれば、別に判断に困ることはないんです。

 

それから判断を間違えるのは、自分の主観ですよ。

自分の主観というものがかなり強情だからね。「自分」は成り立たないんですよ。無常だから。自分という存在すら成り立たないと分かった人々というのは、心が揺らがないんです。

 

はい、そういうことで、過去の失敗には後悔しない。そのかわりに次の判断にもしかすると参考になるかもしれません。だからと言ってその判断が正解になるかどうかは、これは保障できませんね。

 

判断する場合、どんどん主観が割り込みますからね。間違う場合が多い。

 

身を守りたければ、慈しみでやってみるんです。

 

いつでも「利益」を考えて判断しますね、人間というのは。これが間違いなんです。利益を考えるときは「自分の」利益を考える。自分の都合を考えるんですね。そこで間違ってしまうんです。

 

できることなら、自分を入れないで、「利益」だけ見て判断すれば、間違えないんです。

利益っていうのは結果なんですね。良い結果になるように判断する。良い結果は「わたしのため」ということになってくると間違うんですね。わたしのためでもなく誰のためでもなく、もともと生命は存在しないんだから。「わたし」も存在しないんだから。これは幻覚ですからね。

 

だから因果法則で、「良い結果を出す」ということを考えたほうがいい。

 

利益を見て判断をする。しかし利益というのは「わたしの利益」ということではなく、単に「利益」。

わたしも他人も誰も関係ないんです。それが答えだと思います。

 

(関西月例冥想会 2015.01.12 

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/2121121.html ■Q決断時よく迷う■

よりメモしました)

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関連エントリ:放射能・原発、いろいろな情報があるけど、どれが正しい?子供をどうやって守ったらいいの?

慈しみの心でいるのに失敗するのはなぜ?仏教を学ぶ人が陥る心の罠。慈悲の実践上級者編です。

 

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