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Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

自分の「成功比率(苦労:幸福)」、知ってる?【輪廻転生・後編】

輪廻転生の証拠はあるんですか?【輪廻転生・前編】からつづきます)

 

それから、なんで人間一人一人が違いますか? 

平等になろうと思っても、なんでなれないんですか? 

一卵双生児であっても、なんで違うんですか? 肉体は結構似ていますけど、思考的には変わっちゃうんですね。

だから、なんで人間の世界はすごく差があるのか?

 

犬猫を飼ってみても、みんな同じわけじゃない。一匹一匹が自分の性格を持っているんです。同じ猫であっても、わがままなところとか、ちょっとマッサージしてくれとか、そういう共通点はあるんだけど、一匹一匹、別々の性格があります。

 

山口のお寺で、そとで飼っている猫と家で飼っている猫がいるんですね。

家で飼っている猫はすごく臆病で、家の中で飼っているのにね。外の猫は、ほとんど野良猫のように生活しているんですけど、毎回わたしが行くとすぐ挨拶に来てじゃれたりする。

それで、今回わたしが行ったときは、瞑想会で忙しくて、外に行くこともできなかった。外には、よく挨拶に来る一匹の猫がいますが、昼間は接することができなかったんですね。

 

夜になって、外からその猫が来て窓のところで、すごくしゃべるんですね。わたしは適当に「うん、うん」と言って、マッサージしてあげて、適当な時間に猫は出ていったんですね。ちゃんと私のことを覚えていたんですね。毎日のように行くわけでもないのに。

 

だからこの、性格の差。ただの猫なんですけど。

 

そういうような一つ一つの性格を、神が造っててくれたと思うか、われわれは持って生まれたものだと思うか、どちらですかね? ぴったりするのは。

持って生まれたものでしょうね、結局は。

 

だからそれなら何か原因があるはずだと。何にでも原因があるんです。

「持って生まれた性格だから仕方がない」じゃなくて、何か原因があるんです。

 

子供が生まれたとします。ある子はすごく明るくていつでも笑っている。ある子はすぐにギャーギャーと泣く。生まれてくるまでどんな性格か、わからない。それは、変えることっていうのは無理ですね。

そういう性格にも原因があるはずなんです。

 

そういうことで、一番有力なコンセプトとして、われわれ一人ひとりの差を説明するために、われわれ一人ひとりの運命の差を説明するために、

 

(たとえば、軽々と勉強もしないのに合格する人もいるし、むっちゃ勉強するのになかなか頭に入らない人もいるし、ちょっとの努力で金が儲かって豊かになる人もいるし、仕事は一生懸命するんだけどやっと生きている人もいるし、いろいろですよ……)

 

その差をね、説明する場合は、一番有力な概念は、ーこれはあくまでも説明の世界でねー、 輪廻と言うことにした方が説明は、やりやすい。

 

それから人の幸福の割り当ては、どれくらい努力すればどのくらい幸福になるのか、「何 対 何」か、なんかあるでしょ、みんなに。

 

少ない努力でたくさん結果を出す人もいるし、適した努力で相応の結果を出す人もいるし、かなり努力しなくちゃ結果を得られない、というプロポーション(proportion)と英語では言いますけど、「何対何か?」のこれってずっと変わらないんですよ。

 

だから結構努力が必要な人が、何か良い結果をたくさん期待するなら、たくさん努力しなくちゃいけなくなっちゃうんです。軽々と仕事して結構金が入る人が、もっと金を儲けようとして、また軽々と仕事して結構儲かることもできるんです。

 

たとえば、三人の人間がいて、三人とも億万長者だとしましょう。持っている財産は同じですけど、やってきた努力はみんな別の割り当てがあるんです。

 

だからどんな人間にも、普遍的に、このくらい努力すれば億万長者になるという方式はないですね。

一人一人の、「自分は何対何か」によります。

それは調べてみれば簡単に分かりますね。

 

それはだいたい、全然変わりません。

だから、それは業と言う概念で説明した方がしっかりします。

 

そうすると差別感もなくなって「まあ、しょうがないや。わたしはたくさん頑張らなくちゃいかん。けど、君は勉強しないで寝ても大丈夫だ」というふうに仲良くすればいいんです。

 

友達と勉強するとき、一人はすぐに覚えてしまう。自分は結構何度もやらないと覚えられない。そのぶん覚悟して、自分が努力すれば、結果が同じになってきます。

結果が同じでも、努力には差があるんですよ。

 

だからこの、自分の割り当ての比率を覚えておけば、しっかりしますよ。

そうすると、具体的に生きることができます。

なんとなくいい加減に、「金持ちになりたいな」と思ったら、すぐに自分のパーセントを見て、「苦労:幸福」の比率がどのくらいか見て、それに合わせて努力すればいいんです。別に悔しく思うこともなにもありません。

 

ときどき、金が入るんだけど突然訳も分からないことで消えてしまう、と。金がたまらないんだと。その人は、いくら苦労しても、金がたまらないんですよ(笑) そうすると、自分にはこの程度のお金がたまって、それから100万円くらい増えると、それは消えちゃいますよと、知っているならば、いろんな工夫ができます。

 

その人には一千万円まではたまるんですね。一千百万円になったところで、何かが起こっちゃって、その百万円が飛んで行っちゃうんですね。それで残高は結局、一千万。

一千万以上たまらないんだから、無くなる前にさっさと使っちゃおう、と車でも買ったり、土地の頭金にしたり。車は持っているんだけど、土地もあるんだけど、残高はいつも一千万円。

 

そういうことで、わたしはそれを一人一人の業の割り当てだと言いますけど、それを知った方がやりやすいんですよ、人生は。

管理しやすい。

 

しかし仏教は、業論で、運命任せじゃないんです。しっかりと、ずるがしこく行動しなさいと(笑)そこは知った方がよろしい。

 

業と言うのはそういうことで、

わたしは証明したわけではなく、証拠を出したわけでもない。

そこは、われわれの認識範囲から飛んでる問題なんですね。

 

しかし、わたしたちの理解範囲から考えても、これはかなり有力な、有効な概念ですね。物事を正しく説明できるコンセプトになります。その程度で理解してほしいんです。

 

おわり

(関西定例瞑想会 2008.06.15

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/602729.html 音声ファイル:下よりメモしました)

 

(前編をもう一度読む⇒輪廻転生の証拠はあるんですか?【輪廻転生・前編】 )

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