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Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

家庭と修行の両立【結婚とは?】

質問

世俗で生活をしながら、瞑想とか修行を行うことについて。

 

わたしは小さい子供の育児をしている身ですが、時間の合間を縫って瞑想会などにも参加しています。週末などは、実家に子供を預けたりまでして、こういう瞑想会に来ることを、時折、これでいいのかなと思うこともあります。実家も、喜んで孫を預かってくれますが、わたしが朝からお弁当をもっていそいそと出かけることに不審がっていました。

そこで、長老の本を渡して『こういう勉強をしているんだ』と両親に説明しました。本の内容についてはコメントは無かったが、母から、『育児をしている身で……』と批判的に言われました。

 

確かに、育児をしている身で、瞑想会のために外へ一日中出かけてしまうことがいいのかというふうに思いました。

 

しかも夫が、この瞑想会と同じ日に地域のお祭りにいくことになっていて、夫から「お祭りに来てくれるよね?」と言われて、「わたしはこっち(瞑想会)」と言ったら夫婦げんかになりました。

 

夫は「毎月ある瞑想会より、めったにないお祭りなんだから、子供と一緒に見に来て」と言われて、自分の修行ばかりを優先させてはいけないのかなぁと。

それで、午後はそのお祭りを見に行くということで夫と折り合いはつきましたが……。

 

世俗の生活と修行を、どう折り合いをつけていけばいいでしょうか?」

 

回答(スマナサーラ長老)

 

子供の面倒は、別に誰でも見るべきでしょうし、ですから、両家のおばあちゃんたちにもスケジュールを空けて、子供を貸してあげたほうがいいと思いますけど。

孫が来るのを待っているでしょうし、それは全然問題はないでしょう。

 

母親が何か言うのは、それは母親の仕事で、それは全然気にすることはありません。

 

子育てを放棄して、おばあちゃんばっかりに子供を預けてしまうんだったらとんでもないことで、子供には母親が必要です。そこまで、育児放棄までするなら問題なんですけどね。

 

子育てをそれぞれみんなにバトンタッチしてもらう、というのは子供にとってもいいことだと思いますよ。

 

それも一つのしつけになりますね。いろんな人にかわいがってもらうということはね。

母親にしかできないことは、自分がやってね、他は誰がやってもいいし。

 

そこをはっきり理解しなくちゃいけないんですね。

 

日本の社会にもいろいろ、しきたり習慣、お祭りがありますから、そういうものに参加するのも、やっぱり家の奥さんの仕事なんですね。

 

地域の、あるいは旦那さんの家の、しきたり習慣お祭りに参加することは、仏教でも大事な仕事の一つとして考えています。

 

お嫁に行った家の、しきたり習慣お祭り、神々などのいろいろな信仰とかね(笑)そういうものにもちゃんと協力してあげるのが、奥さんとしての仕事なんですね。そういうのが「大嫌いだー」とかいうのはあんまりよくないんですね。

 

しかし、たとえば、現代的に夫婦が別々の宗教を信仰している場合もあるし。その場合は話し合って、「今週の日曜日は教会、来週はお寺」とかね。そういう家族もわたしは知っていますけどね、協力するときは協力してやっています。

 

自分の国のお寺でも、ある男がお嫁さんをもらったんですけど、カトリック教徒なんですね。旦那さんのほうは忙しくあまりお寺に来ない。奥さんはカトリック教徒だからお寺で何をしたらいいかとわからないんですね。そこで、村の中でお寺の仕事があるから、そのへんは周りの人に聞いて、順番でご飯を持ってこなければいけない日だったら、作って持ってくるんですよ。旦那さんの宗教にも協力してくれるということで、夫婦はうまく行くでしょう、それで。

 

それでもし旦那さんが、奥さんのキリスト教徒としての行事に家族で出ないといけない時に、「わたしは仏教徒だから行きません」と言ったら、それは失礼なことなんですね。

 

そこはまあ、お互い協力するのは当たり前の話なんですね。

 

そういうわけで、夫婦が別々の宗教と言うのは、仏教から見れば、べーつにどうったことないんですよ。

 

仏教は初めから現代的な教えですから、夫婦が別々な宗教でも勝手にしろよ、というかんじなんです。だからってお釈迦様が言うのは、いったん結婚したらお互いのしきたり習慣に協力して助けてあげるのはやっぱり、奥さんの仕事の一つである、ということもあります。

 

結婚と言うのは、ある一人の男と一緒にいるという話だけではないんですよ。そこをすごく勘違いしている。結婚するというのはものすごく大きな仕事なんです。二つの文化が合体して新しい一つの文化を築くようなものなんです。

 

頭が混乱して、ただあの人と一緒に生活することくらいの話だと思っているんです。

 

結婚と言うのはそういうものではない。

ものすごい大きいことなんですよ。文化は次の世代に伝わるし、社会の繁栄も次の世代に引き継ぐし、結婚と言うのは大きなことなんです。

 

ときどきね、しきたりが厳しい家に行ってかなり苦労する場合もあるでしょう。しかし、そんなものは知ったもんじゃないんです。自分が嫁いだ家のしきたりが、と文句言うんじゃなくて、とにかく苦労してでも慣れて、その家の一員にならなくてはいけないんです。この辺にお嫁に来たら、やっぱりだんじり祭りには参加するし、それはどうしようもないんです(笑)

 

だからそこで、上手な奥さんていうのは、時間がたって振り返ってみると、自分がリーダーになっている。

 

みんなまとめてじゃあこうやりましょう、ああやりましょうと、それは上手な、カッコいい奥さんですね。村に昔から住んでいる人でも、その奥さんの言うとおりにやる。そういうのは、立派、ということになります。

 

十年住んでいてもまだよそ者、と言う感じで、一応参加はするんですけどよそ者、というのは失敗なんです。

 

結婚と言うのは一つの組織ですね。単純なことじゃないんです。

 

自分の子供の面倒だけ見ると言っても、結婚した旦那さんの弟の子供たちに何か問題が起きたら手を貸さなければいけない。その子たちが泊りに来たら、また料理作ったりお風呂に入れたり、そういうこともやらなくちゃいけないんです。

 

そういうことをやらないと、自分の立場がしっかり根付かないんですね。

 

そういうところも考えなくちゃいけないんです。

 

保管@β関西活動報告 : 音声 '08-10月 過去08-7/20 経験者対象瞑想会の法話@アラナ精舎  音声ファイル・一番下よりメモしました)

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