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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

スマナサーラ長老の恋愛相談【執着】

質問「自分のエゴや執着が強くて、毎日苦しめられます。それを手放せばいいと、頭ではわかります。瞑想したり集中したりしているときは大丈夫ですが、放っておくと執着やエゴがムクムクっと出てきます。自分でどうすることもできなくて、具体的に解決したいわけです。どうしたらいいでしょうか?」

 回答(スマナサーラ長老)

抽象的に質問して、具体的に答えてください、というのはできません。

抽象的な質問には抽象的な答え、具体的な質問には具体的な答え、しかできません。

 

だからどうすればいいんですかね? わたしには(質問者の)問題が具体的にわからないでしょう。

 

執着と言っても、どれぐらいあるんですかね、具体的にいえば。無数、無限にあるでしょう。

抽象的には「執着」一言なんですけど、犬に執着することと、自分のカバンに執着すること、執着は二種類ですけど。カバンに執着していて困っていることに対する答えは、犬に執着して困っている、という答えには当てはまらないんです。

 

それで「子供に執着して困っている」と言ったなら、わたしは何か答えを言います。「こうしなさい」と。

カバンに対する執着も同じやり方でなくそうと思っても、これまた執着のタイプが違いますからね。

言葉が同じですけど、執着する対象によってタイプが変わるんですよ。対処法もそれによって変わらなくてはいけません。

 

カバンに執着してどうしようもないんだったら、それは誰かにあげる、と。誰かにあげるのが悔しいんだったら、ボランティア組織とか、アフリカの子供たちに、薬を買えない子供たちに、このカバンを売って薬を買ってあげてください、というほうが、執着もなくなって気分も爽快でしょう。

 

自分の子供に執着している場合も、同じ方法で解決してくださいって、できますかね?(笑)

 

そういうことだからね、ちょっと残念ですけど具体的な回答というのは難しいんですね。

 

今の質問の範囲で、わたしに出せる答えというのはこんな程度。

執着は本当に苦しい、と本人も知っている。でもなかなか執着から抜けられない。ハイ、そんなもんだよ、と。だから苦しむのか、楽になるのか、というのは自分の努力次第ですよ。

 

別に苦しんでみるのは悪くないんです。苦しんで、本格的に嫌になったところで執着が消える可能性があります。

 

だから、心の中の葛藤で、執着は苦しいと分かっていても、執着は捨てたくない。捨てたくないけど、苦しいんだ。苦しいといっても、捨てたくないんだ、と。

 

トラを飼っているような感じですね。

 

トラはかわいくてカッコいいんですが、家で飼っていることができれば、ものすごくかっこいいんだけど、同時に大変です。ものすごく気を付けなくてはいけないし、しっかり面倒を見なくてはいけないし、ちょっとでもトラが興奮しちゃうと結構困るし、もし逃げてしまったら大変なことになります。

だからといって、トラというこんな高価な珍しいものを持っているんだから捨てるわけにいかないということです。だからそれで何かしらの答えがでますよ。

 

とにかく、具体的な回答をほしければ、具体的に質問してください。個人的にでもいいんですけど。

 

叶わない執着の場合でしょ、苦しむのは。

叶わないんだけど、諦めたくはないという、別の形の執着が出てくるんですね。

 

執着に対する抽象的な答えは、執着というのは叶わないことなんです。

 

すべて変わるんだからね。変わっていく自分が、何かに執着する場合は、執着する対象が「変わっていない」という変な前提があるんです。

しかし、執着対象も変わっているんです。

ある瞬間でこちらも向いてくれるんだけど、一方で、まったく向いてくれないというのも当たり前なんです。

 

そこで自分が変わっていくんだけど、それは自分で認めない。執着のタイプも変わっていくんです。だからこちらが変わっていくわ、執着のタイプも変わっていくわ、相手も相手で変わっていくわ。

あなたの相手に対する態度も変わっていくわ……。だから成り立たないんです。

しかし妄想概念で、変わらない、変わらない、と思っているんですね。

 

執着するものが、ずっと自分のものとしてあり続けるだろう、という全くいい加減な妄想なんですね。

でもそれはすごく智慧がないと、納得できないんですよ。

執着は成り立たないんだ、変わっていくんだ、と。

 

「わたしは、今はこの人のことを好きですけど、明日は分かりませんよ」と、堂々と認めることができないんですよ。

 

すぐこう言っちゃいます。「わたしはずっとあなたのことを好きですよ」

とんでもない嘘なんですよ。人は明日もその人のことを好きになるはずがないんです。

 

それが事実なんです。

今日、ある人を見て気に入っちゃって執着してしまった、というのは、それは今日の話です。明日になると、お互い様に変わっていくんです。

 

そういうことで、執着というのは叶わないものであるということなんですね。成り立たないんです。

 

叶わない、成り立たない、根拠のない屁理屈で感情だから、これ対処方法というのは相当難しいんです。

人間で治りにくいのは、屁理屈で根拠がなくて、幻覚で生きているんだからなんです。

論理的な問題なら、論理的な執着なら、ものすごく簡単です。

 

だから、われわれが起こす問題というのはすべて、妄想から起こすんですよ。妄想さえなければ、「なんだ、そんなもんか」と解決するんです。

たとえばある人に執着してしまう。すごく具体的に、「これこれこういう理由で好きになったよ」と。次の日は、その条件が全部変っちゃって、「あ、そうか」とそれで終わっちゃいます。

 

「昨日はあなたのこと好きでした。今日のわたしはそんな気分じゃないだ」これで問題が終わっちゃいますけど。

 

しかし妄想があったら、そう簡単には相手を捨てませんね。

 

人間が悩むのは妄想で悩んでいるんです。妄想がなくても、人間は悟りに達していないんだから、執着は起こりますよ。そのときは、キツイ時もあります。

 

妄想がない人はね、状況が変わったらもう変わった、もう終わった、ということで次のことに執着してそのことで悩んでいるんです。

終わったことに悩む暇がないんです。新しい問題がありますから、と。

どうすれば執着に気づきますか?に続きます)

 

(関西定例瞑想会 2008.01.27

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/502738.html 音声ファイル:下よりメモしました)

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