私は今、がんという病気に罹っていますが、同じような境遇の方々から「余命を意識しながら明るく生きていくにはどうしたらよいか?」と質問されることがあります。それには「この瞬間に私が何をやるべきか、と考えてタイムテーブルを細かく刻むこと」と答えています。できるだけ短い単位の時間感覚で、目の前のことを淡々とやるのがコツです。すると、「この時間でやるべきことは終わりました」という充実感が出てきます。私は人生をハッピーエンドで終わりにしようなど、特に考えていません。ただいつも、やるべきことをやっているだけです。だからと言って、なんでも全てできるわけでもない。そこをわきまえた上で、気楽にやっていけばいいのです。
人生というのは「時間」の観念にはめ込まれているものです。それは、物事を変化させるためにある程度まとまった時間が必要だからです。本当は時間というものは存在しませんが、物事は変化する性質があるので、時間という概念が成り立っています。例えば、水をお湯に変える場合、一定の時間が必要です。そういう事実を冷静に受け止めて、仮にがんになっても、体のシステムが壊れるまでは相応の時間がかかると理解するのです。
たとえ病気でなかったとしても、体はもともと壊れていくものです。がんとは言え、敢えて特別なことが起きているわけではない。毎秒毎秒、体は歳を取って老いていきます。だからWhat can I do now?「私に今、何ができるのか」と問いながら過ごしていけばよいのです。まず、自分ができることの中で、「やるべきこと」を優先させます。そうするとストレスが減ります。その後、「できること」のうち、自分にとっても周りにとっても良いことだったらやる、というふうに時間を使うのです。タイムピリオドはいつでも存在します。その期間に実際できることは自ずと決まっているのだと実感すると、気持ちが落ち着いていられます。
幸も不幸も相対的な概念なので、何か不幸な状況がないと幸福は成り立ちません。私は自分で「病気が治ってほしい」と願うわけでもなく、ただ事態の流れを見ているだけです。グラスが落ちて割れた時、「もったいない」と思ってもあまり意味がないでしょう、もう割れたのだから。次にやるべきことは、粉々になった破片を片付けることです。そうやって「次にやるべきこと、できること」をやる、という過ごし方を意識してみてほしいのです。
(了)