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ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

思考の方法【脳と心の関係】前編

説法めも 脳と仏教

質問

心っていうのは脳に基づいていていると僕は考えています。

輪廻を考えるときに、今の心から、ちょっと前の心をどんどん遡っていくと果てしなく遡れるそうですが、ということは、心をずっと遡っていくと最終的には脳の機能が開始したときに心が生まれていて、脳が十分な機能を果たせなくなったとき心が消えてしまうのでは……?」

 

 回答(スマナサーラ長老)

 

あなた、くだらないことを妄想するのはやめたほうがいいんじゃないですか。

質問さえも明確に出せないということは、あなたの思考がゴチャゴチャ、ガチャガチャになっているんです。そうするとあなたに、俗世間のことが勉強できなくなるんです。物事をすごく明確に考えなくちゃあかんですよ。

 

ぐちゃぐちゃとデータもなく、あんまり思考を持っていったらあかんですね。

データで止まった方がいいんです。

脳科学の本はわたしも読んでいますけど、わたしはどんなデータで何を言っているのかをみます。

輪廻もつなげる、あれもつなげる、ということはしません。だからもしかすると、あなたは日本語で読むでしょ? わたしは英語で読むので、ものすごく最新のものを読んでいる可能性があります。

 

本が出るとすぐ読んでいます。

わたしから見れば、脳科学者がややこしい研究を何年も、トップクラスの優秀な人たちがグループで研究して、そんなやり方でもこれくらいしかわからないだろうということがハッキリしていますよ。脳細胞しかいじってないでしょう。

脳細胞をいじって脳の働きを説明したからと言って、どうしてそれが心の働きを説明したと勘違いするんですか?

 

まだまだ原始的なんです。

一番最新の本でも、西洋人が実体論で、魂があるんだという石器時代の思考をいまだに持っているんです。

 

現代では「いえ、体を管理しているのは脳だよ。神経システムだよ」と。では今は、機械もあるんだから神経細胞を調べましょうよと。一個一個は不可能ですけどかなり精密に、神経細胞を調べたら、各モジュールにはきまっている仕事がある。それは魂でも何でもない。

「だったらわたしって何なのか?」と思っちゃうんです。

 

わたしから言えば、「初めから『私』なんてないよ、そんなものは」と。

 

(脳の機能で)何かと何かを組み合わせたら、何かがあるかのごとく現れるんだよ、ということです。

それは「わたし」ということがただ幻覚で、ただ擬似的に現れて、現れたものが脳を支配しているんだと、それは合っています。しかしそれは脳の説明であって、心の説明ではありません。

 

それは豆腐の研究をした人がダイヤについて語っているようなものなんですね。それはちょっとおかしいんですね。

あなた方は若いんだから余計なことを考えるんですよ。勉強するということは、どこまで考えてどこでストップするのかということです。そこを知った方が、あなたは勉強できるようになります。

 

そこでずーっと根拠なく、データに関係なく、ダラダラと思考を持って行っちゃうとどこへ行くか分からなくなっちゃうんですね。勉強し過ぎでおかしくなるのはそういう人々なんです。そうならないように、「この人はこういうデータがあって、このくらいの結論に達している」と、それでストップしてください。「この人はまだ分かっていないのは、これとこれである」と。

 

たとえば、神も魂も何もないという、ドーキンスさんや無神論者たちが言ったのは生物学なんですね*1

 

 でも遺伝子の研究やらハチャメチャやって詳しく説明するんですね。だから進化論がピッタシ正しいということになっているんですね。それで彼がその延長線で宗教を批判するんですけど、わたしが言いたいのは「イスラム教キリスト教ヒンドゥー教を批判してください。仏教の悪口は言うなよ」と。彼が批判しているのは日本でやっている仏教なんです。それは仏教とわたしは見ていません。

 

ドーキンスさんに仏教を勉強する暇はないというのが、わたしに読めますよ。

ただ相当な学者だから一般人向けに本を書いて有名になりました。

彼の書いた宗教の批判やら細胞の説明は全くその通りで、わたしはどちらかというと気に入っている人なんです。彼が新しい本を出したら買って読みます。

 

でも、彼がどこまでできるのかっていうことも知っています。

 

一度アルジャジーラテレビ局で、イスラム人のエリートの人にドーキンスさんと面と向かって議論させたんですね。

 

イスラム人というのは断言的に神を信じている偏見極まりない人々でしょう。ちょっと神を批判されたら殺すんだからね。そういう世界にドーキンスさんが呼ばれて、「あなたこう言っているでしょう、ああ言っているでしょう」と(ドーキンスさんが追及されて)結局は答えられなくなっちゃって、引っかかったんですね。普通のテレビ局のアナウンサーの質問に。

「あなた何やっているのか」と(わたしがテレビを見ているこっち側で言ってもドーキンスさんには)聞こえませんけど。「あの質問にはこう、この質問にはこう、と答えればいいでしょう」と。でも(ドーキンスさんからはその答えが)出てこないんですね。

 

だからどうしても、俗世間の学問というのはどこかで偏見があって止まるんです。それ以上進まなくなるんです。

何で遺伝子は分離するんですか?【脳と心の関係】中編へ続く) 

 

(関西月例冥想会 2015.4.4 

https://www.youtube.com/watch?v=uaX9B4_mWZw よりメモしました)

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