ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論、実験結果

慈悲の瞑想って抽象的で気持ちが乗らないのですが?―実感として慈しみを持つには、目に入る生き物すべてに幸せを願ってみよう。

質問「慈悲の瞑想の、『生きとし生けるものが幸せになりますように』は、抽象的で気持ちが乗らないのですが?」

回答「ポイントまとめ」

  1. 生き物が目に入ったら、その生き物が「幸せでありますように」と思ってみる

  2. このやり方で、だんだん慈悲のこころが育ってくる

  3. 続けていれば、実感が湧いてくる(おまけとして病気も治る)

 2014年9月14日(日)法話と実践会よりメモしました。

動画:http://www.ustream.tv/recorded/52643301

 f:id:thierrybuddhist:20141016122635j:plain

こころから「幸せでありますように」と感じないと、自分の遺伝子にまで入らないんです。

目に入る生命を見て、この生命も幸せでいてほしいと思う。鳩を見たら、アリの行列を見たら、幸せでありますようにと思う。

そういうふうにしていると、どんどん遺伝子にまでその波長が入ります。病気が治ります。がんになる、壊れた細胞も治る。

目に入る生命、人間だけじゃなくて、すべての生命を対象にすること。

自分のこころが受け取った生命に対して、幸せになりますようにと念じる。

そうすると、実感として慈悲の瞑想ができるようになります。(おわり)

 

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