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Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

無我って明るい!【無常・無我】中編

無我って怖すぎ?【無常・無我】前編から続きます)

無常を見ると不安になるというのは、それは不安になりますよ。

金がなくなってくると不安になる。

検査を受けてがんだったら、不安どころかガクーンと落ち込む。

 

だからといって無常が悪者ですか。

事実を隠すべきか?

 

面白いことは、来週から仕事に来なくていいと言われたら落ち込んでひどい精神状態になって、家に帰ると電話があって、給料が倍になる別の仕事のオファーが来る。そうしたら舞い上がるでしょう、その前にひどく落ちこんでいても。

 

その時はどうして無常に文句言わないんですか? 

 

子供が生まれると舞い上がって喜んで、子供が病気なって重篤になると落ち込む。

都合のいい無常は喜んで、都合の悪い無常は嫌ですと。

 

結局は物事は一貫して無常で変化していくんです。

もし無常でなければお医者さんに仕事がありません。

無常でなければ、治療しても治りません。

法則は一定しています。

 

その中でもう一つ一貫した法則があります。

それは物事はどうしても壊れていくんです。

壊れて、壊れて、壊れていく。でも最後に無と言うことにはならない。

 

出産で、妊婦は壊れて別人になります。一つの状況が壊れて新しい状況になった。妊婦が母になった。

 

一貫して、物事は壊れれつつ、です。

しかしすべて消えて無にならない。別のものになる。

 

治療するのも体にダメージです。

薬も手術も危険なものです。

だから危険なものを肉体に施すと、一部の肉体が壊れる。同時に病気も治る。しかし若返ったのかと言うとそうじゃない。

治療で結局体が壊れる。しかし病気のほうが苦しみが多いので、80パーセントの苦しみを10パーセントの苦しみに置き換えるだけ。

 

腎臓一個が働かなくなったら、切って取り出す。それで生きのびる。しかし、手術で体を切られたダメージはずっとある。

 

わたしが言いたいのは、死ぬギリギリまで待つなよと。

早く明るい人生を見つけたほうがいい。

 

なんでわれわれは夢に頼るのかと言うと、落ち着くためです。だったら初めから落ち着けばいいでしょう、夢がなくても。

 

人生と言うのは罠だと、仕掛けだと思っちゃえばいいんです。わたしの仕事はこの仕掛けを何とかすることだと。

この仕掛けは落ち着かないと解くことができない。

落ち着いて、ひとつひとつの問題を解いていく。それが人類に必要なんですよ。

 

それが一かけらもない人が皆さんのリーダーとしているんだから、危ないんですよ。

会社の社長が調子に乗ったりして。その調子に乗ることで社員がどれほど迷惑するのか。

GM(自動車)とかね。調子に乗っちゃったんですね。(2008年当時)

初めから落ち着いて、何でも無常だから毎日問題をほどいていかなければならないんだよと生きていれば、社会はこんなふうにならないでしょう。

 

リーマンブラザーズも恐ろしいでしょう。無常じゃないと思って生きていたんだから。

 

そういうことで、夢ではなくて、病気に苦しむ人は、誰のせいでもない、体があるせいだと。

文句言うな、人間は肉体をもって生まれるんだからと。

 

わたしも病気になってある大きな病院へ行きました。

それで、わたしと同じ歳のお医者さんが「その病気と言うのは治るもんじゃないですよ。その年になったらこうなりますよ」と。それでわたしは、「立派なお医者さんだな」と。

 

結局は治ったような気分になる。病気はあるんだけど、それで悩むことは全くない。

わたしが「こういうときはちょっと苦しいんだけど」と医者に言うと、「その時はこうして」と言われてその通りにやると大丈夫、その時の問題は解決。

 

それから半年くらいそちらで薬をもらいました。

それで病気が治ったかと言うと治ってないんです。

 

そういうことで、もうちょっと我々は冷静さが生きる上では必要です。皆様は何の問題もないときは、ものすごく冷静でいることが必要です。病気になってからでは遅いんです。会社を首になってからでは遅いんです。

 

仕事がちゃんとあるときも、これで安全と言うことは思わない。

経済不振になった時、派遣社員でみなサーッと首になった。その一人の所持金をテレビで見せるんです。「150円」。

わたしはそれまで、人間ってかわいそうだという思いでいたんだけど、その所持金150円の若者を見たとき腹が立ったんです。

 

二年も仕事して、まだ結婚してないのに、所持金は150円? それは社会のせいでも会社のせいでもない。自分のせい。

理性さえあれば、「契約社員とはいつ首になるか分からない仕事だ。だから貯金しておこう、全部使っちゃうんじゃないんだ、節約しなくちゃ」と。他の仕事にもコネを作っておこうかと言う計画性が必要です。その計画性が無常を知っている人にはできます。

 

虫が良すぎの思考では、無常は怖くなります。理性では、無常なら元気になります。計画性で生きることになるんです。

仏教から素粒子をみる【無常・無我】後編へ続く)  

 

(関西定例瞑想会 2008.02.22

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/800578.html 音声ファイル・真ん中からメモしました)

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