ブッダ ラボ - Buddha Laboratory

Namo tassa bhagavato arahato sammāsambuddhassa 仏道実験室の作業工程と理論

業をマネージメントする(7)最終回

業をマネージメントする(6)理性を入れる から続きます)

わたしたちにはどんな不幸が待ち構えているかわからない。どんな病気が待ち構えているかわからない。将来的に人を殺す可能性も、会社の金を盗む可能性もあります。だから、無量の危険があるんですね、無量の業の中で。人生は処刑されて終わる可能性もあります。わからない。

今はものすごく人気者かもしれませんけど、何かをやっちゃって、社会から隠れて、名前すら変えて生活する羽目になるかもしれません。体・髪型・顔、全部変えちゃって、別のところで別な人間として生きることになるかもしれません。わからないんですよ、先のことは。

 

そこで、どうなってもいい方向になるようにと、管理すればいいんです。たとえば自分の業のプログラムで、人間にログインしたから、人間の社会にログインしたら、事故を起こす可能性がありますよ。家が火事になって焼け死ぬ可能性もあります。こういう可能性は全部、この人間の社会(サイト)で売られています。エイズになる可能性もあるし、治療不可能な病気になる可能性もあるし、白血病にかかる可能性もあるし、がんにかかる可能性もあるし。人間社会にログインしたら、人間社会にあるものは全部、オープンです。いいことばっかしじゃないんです。

 

そこでわれわれは、いいことばっかり入るようにと管理すればいいんです。この管理のために、お釈迦様が慈悲の冥想を、慈しみの冥想を教えているんです。「自分の家に障碍者がいるんだ」と言って、自分も周りも不幸に陥るでしょう。とんでもないあほなことです。一人が障碍を持って生まれても、家族全員でどん底の穴に落ちる必要はないでしょう。これは管理をしていないということなんです。

 

老人ばっかりの社会になっていますからね。みんな、みるみるうちに寝たきりになったりとかね。それで看病・お世話しなくちゃいけない。お世話する家族のほうが少ないし。それもすばらしい経済知識で考えたことなんです。子どもは少なくして、お前らは長生きしなさい、幸せだろう、とよく言えたものですね。世界は子供がいなくちゃ成り立たないものだけど。老人一人に若者は10人くらいいなくちゃ成り立たないんだけど。

 

だから人口というのは、どんどん増えなくちゃあかんですよ。頭が悪い経済学者は、人口をぎりぎり減らしてくださいと言うんですね。人間がいなければ経済もないんですけど。それはわたしに関係がない世界ですから、措いておきますけど。

 

わたしたちは、いつでもやることは成功するように、不幸は訪れないように、弱い体で生まれても、体があまり問題を作らないように、「体にいろいろ欠点があるかもしれませんだけど、だからと言って人生には障りはありません。しっかりと生きていますよ」「体にちょこっと障害があって生まれても、でも問題ないんだよ、しっかり生きていますよ」というふうに自分の業を管理すればいいんです。

 

生まれてみたら目がないかもしれませんよ。構わない。あなたの業ですから、それが。目が見えないっていうのがね。これから管理しなさいと。管理すると、目が見える人よりもあなたは有名になるかもしれません。金持ちになるかもしれません。だから業を管理すれば、障害とか無関心でいられます。

 

業を管理するいたって簡単な方法は、日夜、慈悲の冥想をすることなんです。そういう法則になっているんです。慈悲の冥想をすれば、強力な徳を積んでいるんです。生命を差別しない人になっています。すべての生命は業でできていると認める人になっています。だから、智慧が現れているんです。智慧が現れれば現れるほど、悪業は機能しないことになります。

 

有害なサイトがあるでしょう。データを盗むとかね。しっかりとしてウィルスプログラムを入れておくと、全部チェックしてくれるでしょう? だからわれわれは、人間世界にログインしたところで、人間世界にあるものはなんでも自由に紛れ込む可能性はありますけど、慈悲の実践というしっかりとしてガードをつけておくと、よいものにしかアクセスさせないんです。

 

ある友達がいて、自分から金を借りたいんですね。でも返すつもりはあまりない。計画もないし、そんなプログラムはない。とにかく、「あいつはお金があって友達だから、貸してと言ったら貸してくれるでしょう。そのうち返しますよ」といういい加減な気分で。それで自分も、しょうがない、友達ですから、お金は貸してあげる。しかしその友達には、返すプログラムはないんですね。詐欺師というわけではないんだけど、あんまりそこら辺の返済のことは気にしていないんですね。

 

それで友達は払えなくなってくるでしょう。そうしたら自分が損するでしょう。慈悲の冥想のガードをしておけば? そういう事態になり得ないんです。その友達がお金を借りに来ても、楽しく話をしてそのうち帰っていきます。そこではじめて、その友達は、「あれっ、お金を借りるのを忘れちゃった」。またアポイントを取ってからまた行くというのは、「あんた、昨日も来たでしょう」と言われてしまいます。だから、あともう一週間くらい待たなくっちゃ、ということになるんです。

 

自分が、その(お金を無心される)危険から守られちゃうんですね。病気になるときでも、事故を起こすときでも、慈悲の冥想があればちゃんと守られます。

 

われわれは、たとえば、弁護士になりたい・医者になりたい、と若者はいろいろプログラムを組むでしょう。うまくいかないでしょう、プログラムを組んでも。

そこで、朝晩、慈悲の冥想をすれば、「あんたが組んだプログラムはダメや。あんたが医者になっても苦労するんだよ。毎日、患者さんのわがままを聞いていられるほど、あんたは精神的に強くないんだよ」と分かります。自分が我を張って「医者になっていやるぞ」とプログラムを組んでも、医者っていうのはただ技術を学んだだけで医者じゃないんだから。朝から晩まで気持ち悪い人に会わなくちゃだから。相当精神的な強さが必要でしょう? 結構人の死を見なくちゃあかんでしょう。医者は人を助ける仕事でしょう。しかし、目の前で死んでいくんですね。だから、相当落ち着いていなければ務まりません。

 

そう言う精神力がない人でも、頭だけ良ければ医者になれますよ。しかし、本当になっていいのか? 医者になって幸せなのか? 本人には分からないでしょう。だから、子供のころから慈悲の冥想で生きてみると、いいプログラムになっちゃうんです。自分がわがままで医者になるプログラムを組んだんだけど、二週間であきらめちゃうんです。「もっと面白いものを見つけたぞ! エンジニアになってやるぞ!」と別な道を行くんです。それで人生が全体的に守られます。

 

だから、無茶苦茶、慈悲の冥想をして、幸せになってください。来る予定の不幸は、自分に届く前に中断になります。人間にログインしていることも、われわれの大量な幸福が順番を待っていますよ。しかし、生きている間はね、80年くらいでしょう。その間に結果を出すことができなかったら終わり。死んだら別の世界にログインするんだからね。別な業のセットが順番待ちになります。

 

人間の世界で不幸になるために、順番を待っている業には、「ちょっと後にしなさい」ということになるんです。業は消えませんよ。しかし、後になるんです。先に、先に、善い業が働きます。善い業が働いている間に、もう80歳になっているんです。それで死んじゃいますね。それで順番待ちをしていた業が、結果を出すことができなくなっただけ。時間切れで。次にその人は別な世界にいるんですね。だからその業が、実らないようになっちゃうんですね。

 

そういうふうに慈悲の冥想では、ものすごくいい働きがあります。それを理解して幸福になるために、不幸を取り除くために、智慧が現れるために、むちゃくちゃ慈悲の冥想をしたほうがいいと思います。

 

話しは終わりです。一応、最後の、それだけが言いたかったんです。慈悲の冥想をすると、ものすごく幸福になります。悩む必要がありません。

(おわり)

 

(関西定例冥想会 2011.12.11

http://www.voiceblog.jp/najiorepo/1627672.html よりメモしました)

このシリーズを最初から読む:業をマネージメントする(1)整理整頓 - 瞑想してみる

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